東京の大学を卒業して群馬の会社に勤めた。 僕の仕事は出張が多かった。 大学時代からの彼女と同棲をしていたが、出張の度に彼女は実家がある千葉に帰っていた。 ある日、彼女から「千葉に帰りたい」と言われ転職を決意した。 5年間勤めた会社を退職して、新たに千葉での生活が始まった。 幸いにも前職の経験が活かせる同じ業界の仕事ができた。 その後、僕らは結婚をして子供にも恵まれた。 新しい会社でも全国各地への出張や1年間の海外出向などあったが、今は家族で幸せに暮らしている。 私の夢は、お母さんみたいなお母さんになりたい。 小さい頃からお母さんに憧れていた。今の仕事に就いたのもお母さんがきっかけだった。 4人の子供を育ててくれた両親には尊敬の念しかない。 大人になった今でも毎年、家族・親戚で集まってご飯を食べたり、旅行に行ったりする。 コロナで会えない時期もあったけど、テレビ電話をしたり、プレゼントを送ったり、家族の絆は変わらなかった。 これからも家族との時間を大切にしていきたい。 今年に入ってからウインドサーフィンを始めた。海が好きだったこともあり、風を使って水面を走る姿に自然と興味が湧いた。体験スクールを経て、今では休日になると津久井浜の海を走っている。 ウインドサーフィンの最大の魅力は、風を感じながら豪快に自然を味わえることだ。最大時速は50km/hで走ることも可能だ。 今後はもっと練習してアマチュアの大会に出てみたい。 看護師になったきっかけは、看護師である母が高校時代に専門学校の願書を勝手に送ったことだった。 高校卒業後、日中は働きながら夜間の学校に通い看護師の資格を取った。 地元である九州の病院で働いた後に東京に移り、東京での生活は8年目を迎える。 東京での日々はあっという間で楽しかったことも辛かったことも全てかけがえのない時間だった。 今後は、病院での経験を活かして在宅での道に進み、将来は専門分野の資格を取りたい。 僕は短編小説家だ。 大学を卒業して一般の会社に就職したが、日々の生活にどこか満足していなかった。 小説を書くきっかけは、25歳の時にラジオ(Podcast)に送ったメール(文書)だった。 ラジオパーソナリティーに取り上げられ、笑ってくれたのが嬉しかった。 それから自然と文章を書くようになった。処女作を執筆して、個展を開き、日々の生活の中心が大好きな小説になった。 僕の夢は、僕の書いた小説を通して世界中の人達が豊かになることだ。 26歳の時にニュージーランドへワーキングホリデーの旅に出た。 大学時代に海外に行ってから、「いつかは異国の地に住みたい」という思いがあった。 ニュージーランドでの生活は毎日が夢のような日々だった。2ヶ月間の語学学校を経て、中国人オーナーが経営しているカフェでバリスタとして働いた。休みの日は、1000ドルで購入した車を走らせて、友人とトレッキングなどもした。 ニュージーランドで一番感動した場所はテカポ湖。サザンアルプスの山々を背景にターコイズブルーの湖、世界で一番の星空は忘れられない。 いつかまた大好きなニュージランドの大地を訪れたい。 今一番力を入れているのが、日本酒の良さをたくさんの人達に広げること。日本酒との出会いは、酒好きな友人がきっかけだった。味が美味しいのはもちろんのこと、作りの行程、それぞれの地方(地酒)の良さを知れる機会に魅力を感じた。 今では、名酒センター主催のイベント(バスツアーなど)の司会をやったり、ラジオで日本酒の良さを伝えている。 知れば知るほど奥が深い日本酒。これからもたくさんの人達に日本酒の素晴らしさを伝えていきたい。 独身時代に自分が好きなパン作りの教室に通うようになった。パン作りの工程で一番の楽しみが発酵チェック。ふわふわに膨らんだ生地を指で確認する時がとても気持ちが良い。また、小さい生地から少しずつ大きくなって、成長していくさまも楽しい。メロンパン、あんぱん、クロワッサンなどいろんな種類のパンを作ってきたが、焼きたてのバターロールには一番感動した。味、食感が他のパンとは全然違う。 今では子供達に焼きたてのパンを作ることが日常だ。 僕は6年前の26歳の時に日本に来た。 僕の母国であるベトナムでは早婚の文化が今も根付いている。(20代後半までには結婚すのが主流)これは、昔から続いている文化で親・親戚からのプレッシャーが強いことも影響している。 僕も26歳の時に高校の同級生と結婚をした。ベトナムでは結婚をして子供を養っていくにはそれなりの貯金が必要になるが、国内の給料事情は厳しかった。僕の住んでいる地域ハノイでは、建設関係の仕事は平均月収が4〜5万程であるが夫婦で生活するにはギリギリだった。もし、同じ仕事を日本でするならば3、4倍は違った。 最愛の妻、これから生まれてくる子供の為に僕は日本に来た。 日本語の勉強は市区町村が行っている無料の日本語教室に参加したり、ドラマ、ラジオを毎晩聞いて少しずつ理解できるようになった。 今では簡単なコミュニケーションなら問題はない。 日本で働いて得た給料の半分以上は毎月ハノイにいる家族に送っている。 2年前には念願の子供を授かり、毎晩家族とテレビ電話で話している。 今後はベトナムで待っている家族の元に戻って日本関係の仕事を行っていきたい。 私には中高生の娘が2人いる。19歳の時に出産してから結婚、離婚、シングルマザーを経て、2年前に再婚した。ここまでの人生いろんな事があったけど、今は家族4人で楽しい日々を送っている。休みの日は、家族で海やプールに行って過ごすのが最高のひと時。もうすぐ娘は高校を卒業して夢に向かってチャレンジしていく。これからも変わらず家族の時間を大切にしていきたい。 去年、小学校からの幼馴染みと結婚をした。彼女とは昔から付き合っていたわけではなく、不思議と社会人になってから交際が始まった。学生時代は友人を含めて色んな所に行ってたくさんの時間を過ごした。一緒にいて居心地が良かったし、何より自然とありのままの自分を出せた。これからの人生も自分らしく、彼女らしく、一緒に歩んでいきたい。 作成中 2ヶ月前に3年間付き合っていた彼女と結婚をした。出会いは同じ職場。最初は友達みたいな感覚だったけど、気がつけば一生を共にするパートナーになっていた。最近は、今まで以上に仕事を頑張らないと感じている。春からは新しい分野での挑戦も待っている。未知な領域に足を踏み入れるのは不安もあるけど、守るものができたし頑張っていきたい。 私の趣味は海に潜ること。インストラクターである父親の影響もあり、10歳からいろんな海を見てきた。今まで150回以上潜ってきたけど、お気に入りのスポットは与那国島と久米島。特に、ドロップオフポイント(深いブルーが誘う海の底へと続く急斜面、断崖を垂直に降下すること)は、まるで小宇宙にいるような不思議な感覚になる。また、久しぶりに父さんと潜りたい。 40歳を目前に脱毛を始めた。20代の頃は美容なんか気にせずに好きなことをして生きてきたけど、体の衰えを感じるようになって外見を気にするようになってきた。老いを忘れるためにも外見のケアは必要かなと感じている。まずは脇毛の脱毛から始める予定だ。仕事で脇を見せることが多いから綺麗にしないとね。 毎年6月になると自家製の梅干しを作っている。スーパーで青い梅を買って、塩漬けして赤シソを入れてじっくり時間をかけて作っていく。作る時のポイントは、梅のヘタをしっかり取ること。残したまま作ってしまうと腐る原因になってしまう。完成した梅は、おにぎりやお茶漬け、梅ソースにしたりしている。「1日1粒の梅干しで医者いらず」という言葉があるくらい梅には栄養価がある。疲労回復、食欲増進などの効果があるため、暑い時期にはおすすめだ。